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生活の党  参議院【比例代表】全国区
(参議委員議院2期・衆議院議員5期)

《 山岡けんじと父、荘八 》


【平和は親子二代の悲願】

 山岡けんじの養父は、長編小説『徳川家康』を執筆した山岡荘八です。

 荘八は先の大戦において、軍の報道班員に所属し、大陸を転戦しました。最後に赴いたのは九州の鹿屋(かのや)特攻隊基地でした。そこで荘八が目にしたのは、二十歳前後の紅顔美少年らが、「先生、行ってくるよ」と次から次へと飛び立つ姿でした。実に悲惨な光景です。彼らの姿を二度と見ることはありません。飛び立つ前には皆、「先生、これを僕だとおもって飲んでおいてよ」と酒を置いていってくれました。荘八は毎夜、「すまない、申し訳ない」と涙にくれながらその酒を飲んだといいます。

 やがて戦争が終わると荘八は、「自分だけが生き残っているわけにはいかない」と、恩師・長谷川伸先生宅に遺品を置き、自殺をはかろうとした。しかし長谷川先生に呼び止められ、「山岡君、君は遣り残した仕事があるのではないかね」「二度とこのような戦争をおこさない、平和な世の中をつくることを訴えることが、亡くなった皆さまへのご供養ではないのかね」と諭されました。

 荘八は思いなおし、歴史を紐解くと、かの徳川家康が265年もの長きにわたり泰平の世を築いていたことに行き着きました。民が一番望むのは、いつの時代でも平和で安心して暮らせる泰平の世であること、それを実現した家康は国民の意を体した大政治家であったに違いないと思い、小説『徳川家康』の執筆に取り掛かったのでした。

 18年間にわたり書き綴った小説は遂に完結。日光東照宮の境内には「徳川家康文学記念碑」が建立されました。この除幕式が縁となり、山岡けんじと雅子夫人が結ばれました。

 荘八はけんじに、「自分はまだ仕事を半分しかしていない。小説を書いただけで、それを実行していない。けんじ、残りの半分は、お前が政治家になって、平和な世づくりを実現してほしい」と遺しました。

 国民が安心して暮らせる泰平の世をつくることは、山岡荘八・山岡けんじ親子二代にわたる悲願であり、使命なのです。




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